
天王寺・茶臼山町のホテル街
こんにちは!秀吉ヤングです。
大阪・天王寺といえば、いまや「てんしば」の芝生広場や天王寺動物園、大阪市立美術館などが集まる人気観光エリアとして知られています。
しかし、その華やかな表通りからほんの数分裏へ入ると、まるで時代に取り残されたような一角が現れるのをご存じでしょうか。そこが茶臼山町のホテル街です。
かつては昭和レトロなホテルが立ち並び、中高年層を中心に賑わいを見せたこのエリア。
しかし近年は閉店ラッシュが続き、街全体が廃墟のような姿を見せつつあります。
一方で今も営業を続ける老舗ホテルや、都市伝説が語り継がれるスポットも残っており、独特の雰囲気を放っています。
本記事では、実際に現地を訪れて撮影した写真をもとに、茶臼山町ホテル街の歴史や閉店したホテル、そして今なお存在感を放つ現役ホテルについて詳しく紹介していきます。
茶臼山町ホテル街とは?場所と特徴

大阪・天王寺といえば、近年では「てんしば」の芝生広場や、リニューアルされた天王寺動物園、大阪市立美術館などが人気スポットとして観光客で賑わっています。そのすぐ裏手に広がるのが、今回のテーマである茶臼山町のホテル街です。

観光地から徒歩数分という好立地にありながら、通りに一歩足を踏み入れると急に昭和の雰囲気を色濃く残した建物が並び、昼間でも独特の静けさを感じさせます。
このエリアは、表通りの明るさとは対照的に、古びたホテルの看板やシャッターが並び、まるで時間が止まったかのような独特の空気感があります。
観光客が通るメインストリートから少し外れただけで、別世界に迷い込んだような印象を与えるのが、茶臼山町ホテル街の大きな特徴です。
また、利用者層も独特で、かつてから中高年層に根強い人気がありました。
近年は若者のデートスポットというよりも、昭和を知る世代や、昭和レトロな雰囲気を好む人たちにとって馴染み深い存在となっていました。
しかし近年は閉店が相次ぎ、街全体が寂れた印象を強めています。
茶臼山ホテル街の歴史

茶臼山町のホテル街が形成されたのは、昭和の高度経済成長期からバブル期にかけてです。当時、大阪市内には多数の「ホテル街」が存在し、梅田やミナミだけでなく、天王寺エリアもその一大拠点のひとつでした。
茶臼山はもともと歴史ある土地で、大阪夏の陣や冬の陣の舞台となった場所でも知られています。その歴史的な土地の裏側で、戦後の復興とともにホテルが立ち並び、昭和40年代から50年代にかけては「大人の隠れ場」として賑わいました。
昭和のホテル文化は、今のようなシンプルなビジネスホテル風ではなく、独自のコンセプトや遊び心を持ったデザインが特徴でした。
茶臼山のホテル街でも「屋上に大阪城がそびえるホテル」や「屋上に客室を設けたユニークなホテル」など、他にはない外観を持つホテルが多く見られ、まさに昭和レトロを体現する街並みを形成していたのです。
また、当時は「手軽に利用できる大人の空間」として、若いカップルだけでなく既婚者や中高年層にも利用され、地域の中でも独自の需要を築いていました。
しかし、平成以降に入ると状況は一変します。
- ホテル規制の強化
- バブル崩壊による利用客減少
- ホテルチェーン化・近代化の波
こうした要因により、昭和の香りを残す茶臼山ホテル街は徐々に衰退していきました。特に2000年代以降は、新しく建て替えるよりも閉店を選ぶホテルが増え、街全体が「取り残された空間」となっていったのです。
そして2020年代に入ると、ついに閉店ラッシュが加速します。外観はそのまま残っているものの営業を終えたホテルが多く、昼間に歩くと廃墟のような光景が広がっています。この状況は、近年の天王寺エリアの再開発による「明と暗のコントラスト」をより際立たせています。
閉店・廃墟化したホテルたち
茶臼山町のホテル街を歩いてまず目につくのは、営業を終えた建物の多さです。看板の電気が消え、入り口は板で塞がれ、長年使われていない雰囲気が漂っています。
ここでは、かつては名物だったが今は閉店してしまったホテルを紹介します。
天王寺ホワイト(閉店)


茶臼山のホテル街を象徴する存在のひとつが「天王寺ホワイト」でした。
白い外観と、屋上に設けられた客室というユニークな構造で知られ、地元の人なら一度は耳にしたことがあるホテルです。
しかし老朽化には抗えず、今年7月についに閉店。現在は駐車場にはチェーンがかけられ、昭和の遺産とも言えるその独特な姿を残したまま静まり返っています。
ロンリーハート(閉店)

名前からして印象的なホテル「ロンリーハート」も、すでに営業を終了しています。
現地を訪れると一部が解体されている様子も見られ、かつての面影を徐々に失いつつある状態です。
茶臼山町のホテル街が「廃墟化」と表現されるのは、このように実際に建物が崩され、空き地となる場所が増えてきているからでもあります。
ホテル醍醐(閉店)

数あるホテルの中でも、最大級の存在感を放っていたのが「ホテル醍醐」です。

建物の屋上にはなんと大阪城の模型がそびえ立ち、遠目からでもその存在を確認できるほどでした。

入口などは現在封鎖されています。
大阪のホテル文化を象徴する存在であり、ユニークな外観は都市伝説や噂を数多く生みました。
しかし、長年の歴史に幕を下ろし、現在は閉店。


壁にはこの街の民度を表すかのようなひどい落書きが残され、寂しさと同時に独特の哀愁を漂わせています。
リッチモンド(閉店)

「リッチモンド」もまた、昭和から平成にかけて利用者に親しまれてきたホテルでした。
しかし、近代的なホテルチェーンの台頭とともに姿を消し、今はシャッターを下ろしたままの状態。建物は残っていますが、人の気配はなく、過去の栄光を物語るのみとなっています。
これらの閉店ホテルは、茶臼山ホテル街の衰退を象徴する存在です。
観光客で賑わう「てんしば」からほんの数分歩いただけで、まるでゴーストタウンのような光景が広がるギャップは、訪れた人に強い印象を与えます。
現存するホテルと噂
閉店ラッシュが進む一方で、今もなお営業を続けているホテルも存在します。
それらは都市伝説や独特の雰囲気を持ち、茶臼山町ホテル街の「最後の灯」とも言えるでしょう。
茶臼山ホテル

大阪で最も有名なホテルのひとつといっても過言ではないのが、この「茶臼山ホテル」です。
古くから営業を続け、レトロな雰囲気を色濃く残しているため、大阪のホテル文化を語る上で欠かせない存在となっています。

特に有名なのが、「ドアを少し開けておくと、他のカップルが入ってきてもよい合図になる」という噂。真偽は定かではありませんが、こうした都市伝説は口コミやネット上で広まり、長年にわたり人々の興味を引き続けています。
また、このホテルの名前に由来して、複数のカップルが交わることを「登山する」と隠語で呼ぶとも言われています。まさに「都市伝説の温床」といえる存在です。
えんじぇるは~と

可愛らしい名前の「えんじぇるは~と」は、現在も営業を続けているホテルのひとつです。
閉店するホテルが増える中、比較的明るい雰囲気を持っており、茶臼山町のホテル街を歩くと今も看板が光っています。
地域的に中高年層の利用が多いエリアですが、現役のホテルとして一定の需要を保っています。
リトルチャペルココナッツ

ホテル街の中でも比較的新しく、外観がきれいなのが「リトルチャペルココナッツ」です。
名前の通り、南国風のデザインで明るい印象を持ち、他のレトロな建物群と比べると異質な存在感を放っています。
「廃墟化」という言葉がぴったりのホテル街の中にあって、このホテルだけは新しい空気をまとっており、再開発が進む天王寺の未来を象徴するようにも見えます。
茶臼山町ホテル街が今後どうなるのか
近年、天王寺エリアは再開発が進み、大阪を代表する観光地としての存在感を強めています。
てんしばの整備や動物園のリニューアル、美術館の展示強化などにより、昼夜を問わず人々が訪れる賑やかなエリアへと変貌しました。
その一方で、茶臼山町ホテル街は取り残されたかのように廃墟化が進んでおり、両者のコントラストはますます際立っています。
再開発による消滅の可能性
行政や民間企業による再開発計画が進めば、茶臼山町ホテル街もいずれ姿を消す可能性があります。大阪は2025年の大阪・関西万博を控えており、都市のイメージ向上や観光資源の整備が急ピッチで進んでいます。
その流れの中で、「昭和レトロなホテル街」は歓迎される存在とは言い難いのが現実です。
老朽化した建物は安全性の面でも課題が多く、解体・撤去が進む未来も十分考えられます。
廃墟観光資源としての活用
一方で、廃墟化したホテルを観光資源として活用する可能性もゼロではありません。
近年、全国各地で昭和レトロな街並みや廃墟スポットが「映え」スポットとして注目される例が増えています。
茶臼山ホテル街も「大阪最後の昭和レトロホテル街」として注目されれば、写真愛好家や都市伝説を追うファンにとって魅力的な観光地となり得るでしょう。
実際に現地を訪れると、落書きが残る壁や取り壊し途中の建物、昭和のまま時が止まった看板など、現代ではなかなか見られない風景が広がっています。これをネガティブに捉えるか、あるいは貴重な文化遺産と捉えるかによって、街の未来は大きく変わる可能性があります。
都市伝説とサブカルチャーの拠点
茶臼山ホテル街の最大の強みは、単なる「古いホテル街」ではなく、数々の都市伝説、噂話が生まれてきた場所であることです。
例えば「登山する」という隠語や、「ドアを開けておくと他のカップルが入ってくる」という噂などは、今もネット上で語り継がれています。
こうした独自の文化を活かせば、サブカルチャーの拠点として新たな価値を持つ可能性も秘めています。
ただし、現実的には再開発の波に飲み込まれる可能性が高く、今後10年の間にその姿が完全に消えてしまうことも考えられるでしょう。
まとめ

茶臼山町ホテル街は、天王寺の表通りからほんの数分歩くだけで現れる、昭和の香り漂う異空間です。
かつては中高年層を中心に利用され、個性的な外観を持つホテルが並ぶ「大人の隠れ家」として栄えていました。しかし、時代の流れとともに閉店が相次ぎ、現在は廃墟のような風景が広がっています。
- 天王寺ホワイトやホテル醍醐といった名物ホテルはすでに閉店
- 一方で、茶臼山ホテルやリトルチャペルココナッツなど、現存するホテルもわずかに残る
- 都市伝説が語り継がれる独特の文化がある
観光地として再整備が進む天王寺の「明るい顔」と、茶臼山ホテル街の「影の顔」。
その対比は、街の歴史と人々の暮らしを象徴しているようでもあります。
いずれこのホテル街が完全に姿を消してしまうのか、それとも昭和レトロの象徴として語り継がれるのか──。
いま訪れれば、その過渡期にある貴重な光景を目にすることができるでしょう。
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